伊東 潤の「王になろうとした男」です。2016年に文藝春秋で文庫が出てますが、2025年1月8日に発売された今回の作品は、朝日新聞出版からで、ボーナストラック短編「覇王の血」が初収録されております。6編あるのですが、テーマは「野心とは何か」との事で、主人公の心の内に迫っておりまして、どの作品も面白かったです。
信長の家臣となったゆえに、運命に翻弄される6人を描く歴史連作短編集
毛利新助、塙直政、荒木村重、津田信澄、彌助。野心や野望があるがゆえに、運命に翻弄された信長の家臣たちを描く短編集。朝日文庫版に際し、不遇の幼少期を過ごし、美濃の有力国人・遠山氏に養子にやられた信長の五男、源三郎の復讐を描く「覇王の血」を新たに収録。
「果報者の槍」・・・桶狭間で今川義元の首を取るという大功を挙げた「毛利新助」が主人の物語です。この桶狭間での論功行賞で、毛利新助は、今川方の状況を的確に掴んできた梁田出羽守政綱に次ぐ栄誉に輝いたんですね。そして、馬廻衆の中から精鋭だけで編成された信長の親衛隊の「黒母衣衆」に抜擢されるのですが、それからの出世は無いんです。再び歴史上に現れるのは、本能寺の変で壮絶な討ち死にを遂げるとこなのですが、この間の空白の時を伊東潤は、見事に描いております。僕的には、この作品が一番良かったです。
「毒を食らわば」・・・信長の馬廻衆として仕え、山城及び大和の守護にまで出世した「塙直政」が主人公の物語です。気難しい信長を相手に、いかに出世していったかが描かれていて面白かったです。これは、現代の出世競争に置き換えてみても想像できると思いますが、めちゃ大変な事だったはずなんですね。ライバルは、羽柴秀吉、明智光秀など沢山の強者がライバルな訳で、その出世レースで、一時はトップに躍り出る程、出世を果たした塙直政の物語は歴史好きでなくても楽しめます。この作品で一番印象に残った場面です。
「これは、朝倉義景、浅井久政、浅井長政の薄濃だ」
薄濃(はくだみ)とは、酒器や壺を漆で塗り固め、金銀箔で彩色したもののことだ。
信長は、三人の頭蓋骨を黄金の薄濃で覆っていた。
三人の小姓が頭蓋骨の頭頂部分を取り外し、それを逆さに捧げ持つと、注ぎ口の長い銚子を持って現れた別の小姓が、次々と清酒を注いでいく。
ーーまさか、飲むのか。いや、われらに飲ませるのか。
薄濃の一つを渡された信長は、いかにもうまそうに、その中の酒を飲み干した。
室内には重苦しい空気が漂っていた。皆、突き上げてくる悪寒を抑えているのだ。
「わしが、こうして三人の薄濃で酒を飲むのは、この三人が憎いからではない。そなたらに伝えたい事があるからだ」
信長は平然と続けた。
「見ての通リ、人は死んでしまえば何もできぬ。あれだけわしを苦しめた三人も、死んでしまえば、こうして盃になるほか、何の役にも立たぬ」
そこまで言ったところで、信長の顔が引き締まった。
「それゆえそなたらも、己の才や力を出し惜しみせず、生きておるうちに底の底まで使い尽くせ」
「はっ」
大げさな声を上げつつ、秀吉が真っ先に額を畳に擦り付けると、やや遅れて、残る者たちがそれに倣った。
「何事も、人に負けてよしとしてはならぬ。『これくらいで、わしはよい』と思った者は、そこで終わりなのだ」
並み居る家臣たちも、信長の真意が分かってきた。
ーーわれらに出頭競争を強いておるのだ。
「そなたらの上に立つのは、わしだけだ。ほかの誰かの下風に立ってもよいと思う者は申し出よ。かような者は織田家に要らぬ。命までは取らぬゆえ、さっさとこの場から去れ」
むろん名乗り出る者はいない。
家臣たちを見回し、信長は満足げにうなずくと語気を強めた。
「わが家中では、作物がすべてだ。それを得るために、そなたらがどのような手を使おうと、わしはとやかく言わぬ。それゆえ、いかなる手を使っても敵を倒し、味方を出し抜け。それが織田家なのだ」
「はっ」と言いつつ、全員が競うように平伏した。
畳の冷たさを額に感じつつ、直政は覚悟を決めた。
ーーどうせ食らわねばならぬ毒なら、わしは皿まで食らってやる。
「何事も、人に負けてよしとしてはならぬ。『これくらいで、わしはよい』と思った者は、そこで終わりなのだ」
この言葉は良いですね。2番目に面白かったです。
「復讐鬼」・・・信長から「摂津一職支配権」を認められ、三十五万石の主となった「荒木村重」が主人公の物語です。突如、信長に対して反旗を翻したのですが、信長の信頼が厚かった荒木村重の謀反は謎に包まれてまして、諸説ありますが、この作品では「中川清秀」の謀略説で話が進みます。なかなか面白かったです。
「小才子(こざいし)」・・・織田氏の連枝衆の「津田信澄」が主人公の物語です。連枝衆の序列は第5位で、信長の嫡子である信忠、信雄、信長の弟の信包、信長の庶子の信孝に次ぐ立場です。しかし、信澄の父は、謀反の企てを起こして敗北して、信長に暗殺されているんです。(信澄にとって信長は伯父にあたる)この複雑な関係の中で、この作品では、信澄はいつか信長を殺すと心に決めて生きている設定です。その為、チャンスが訪れるまでは、信長に最も従順な家臣の一人を懸命に演じてきたんですね。そして、そのチャンスが訪れて・・・。という感じの物語です。「小才子(こざいし)」とは、頭の回転は速いものの大局観がなく、場当たり的に動き回る者の事です。信澄は「小才子」だったんですね。
「王になろうとした男」・・・イエズス会のイタリア人巡察師が、織田信長へ進呈した黒人男性の「彌介」が主人公の物語です。「信長公記」天正九年二月二十三日条に、太田牛一はこう記してます。
「キリシタン国から黒坊主が参上した。年のころは二十六、七歳でもあろうか。全身の黒いことは牛のようだ。見るからにたくましく、見事な体格をしている。その上、力の強さは十人力以上はある」
信長に気に入られて、扶持なども与えられていたそうです。この「彌介」が、本能寺の変の際には、信忠の元に駆け付けて、共に戦ったとの事です。これを題材として、伊東潤はドラマチックな作品に仕上げております。なかなか面白かったです。
「覇王の血」・・・上記の作品紹介にもあります様に、不遇の幼少期を過ごし、美濃の有力国人・遠山氏に養子にやられた信長の五男、織田源三郎勝長の復讐を描いた作品です。ストーリー展開が、歴史好きの僕の心をくすぐる展開で楽しめました。ほんとよく考えれた作品だと思います。本能寺の変の際には「信忠」と共に、明智光秀の軍勢に攻められて討ち死にしたのですが、復讐を果たしつつ、明智光秀にも一杯食わす結末に感動しました。
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