花村萬月の「ハイドロサルファイト・コンク」の文庫版です。
↑↑↑勿論、既に読んだ作品なのですが、作品紹介にて、
ハイドロサルファイト・コンク(集英社文庫)
内容紹介(出版社より)
遠くない未来に、私は死ぬ」。病とは無縁だった著者・花村萬月が、このままでは2年後の生存率が20%の骨髄異形成(こつずい・いけいせい)症候群に罹り、骨髄移植を受けることになった。それは現在まで続く地獄の始まりだった。これは、現世の報いなのか? 発症から骨髄移植、GVHD(移植片対宿主病)、間質性肺炎、脊椎四ヵ所骨折など、副作用のオンパレードへと到る治療の経過を観察しつづけた作者自身によるドキュメンタリー・ノベル!
「血液検査の結果、完全に血液がO型からAB型に変わった。爪のかたちや体毛、髭など、ずいぶん外見上の変化がある。食べ物の好みもまったく変わってしまった。加えて精神が大きく変貌したのかもしれない。自分の血液をすべて殺して、他人の血液を迎えいれる。凄いことだ。」(本文より)
文庫化にあたり、その後の経過を綴った書き下ろし「文庫後書き」を収録。
「その後の経過を綴った書き下ろし「文庫後書き」を収録」というのを見て、ファンとしては買わざる得ないので購入しました。「文庫後書き」を読みますと、あと1か月で70歳になる花村萬月は、なんとすっかり元気になってました!!!新刊が出てないので、死線を彷徨っているのではないかと心配してましたが、15歳になる長女と食事に出掛けた事などを報告してました。
そして、せっかく購入したので、最初から読んでみましたが、もう一度読んでも素晴らしい作品だと思いました。読み始めたら止まらない、文章力が凄いです。僕の話になりますが、最近、読書は欠かしてないのですが、集中力がなくなって、読書しながらゲームしたり、携帯見たり、息継ぎしまくりなのですが、この作品は文章力が凄いからか、息継ぎ無しでイッキに読み終えてしまいました。
この文庫版は、940円(税別)なので、損はしないと思いますので、ファンでない方にもオススメです。折角なので、前回、書ききれなかった、印象に残った場面を紹介します。先出のブログと共に、読んで頂ければと思います。(*´∇`*)
間質性肺炎から始まった苦痛の無限連鎖に打ちひしがれ、息をするのが厭になってしまった萬月が、コルセット制作工房の所長と会って、再び生きようと思い直すまでの描写です。
私は激痛に呻きはしても、それを糊塗するかのように、家族にはできうる限り明るく振る舞ってきた。家の中が暗くなるのに耐えられず、必死でおどけてきた。場合によってはつまらない駄洒落などを連発して、逆にだいじょうぶだろうかという気配を醸しだしもしてしまったが、なんだかんだいってもこれなら問題ないだろとかと思わせるように心を砕いてきた。だぶん、これもよくなかったのだろう。素直に母に甘えることのできなかった私は強烈なマザコンのくせに虚構に逃げ、実際の母を排した。同様に、妻にも娘たちにも甘えることができなかった。私は娘たちが沈んだ顔で俯くのを見たくなかったのだ。一人になると、ノートに自分が死んだあとはどうすべきか、口座の暗証番号等々を書き記した。さいわいなことに、いままでまともに見もしなかった預貯金など、贅沢はできないにせよ、娘たちが成人するまではだいじょうぶだろうというあたりまでつくりあげることができていた。娘たちが生まれる前の馬鹿げた浪費がなければ余裕たっぷりだったのになーーと苦笑いが泛んだ。ノートに記すことがなくなると、死に対する慾求を抑えられなくなった。物を吊すために寝室に張り巡らせた鎖は、耐荷重三百キロだ。自分が吊りさがれば、そのまま屍体は脇のベッドに安置できる。縊死は見苦しいというが、紙おむつが残っている。ノートには葬式無用と大書しておいた。問題なし。独り小さく頷いて、呼吸がひどく間遠になった。
死ぬにもタイミングがある。まず、娘たちにぶらさがっている姿を見せたくない。どうしたらよいもんか。これがなかなか難しい。申し訳ないが私と結婚してしまったのが因果のはじまり、妻にだけ発見されるという都合のよい状況をあれこれ考え、シュミレーションしてみるのだが、近ごろの妻は漆の仕事が忙しいらしくて昼間、場合によっては夜も不在が多い。ちゃんと行動が読めるのは娘たちが学校から帰ってくる時間だけだ。私は基本的に他人にかまわない。外出しようがなにをしようが気にかけぬし、理由も訊かない。私自身、どこそこに行ってきたとあえて口にすることもない。他人の行動に興味がないのだ。そんな私が急にこれからの予定は?いつ帰る?等々尋ねはじめれば、妻だって微妙な気持ちを抱くだろう。死に対する希求は誰にも悟られてはならない。死ぬのは簡単だが、生者に対する考慮は難しい。なにせ相手は生きているのだ。どのような状況が現出しようとも、死んで鎖からぶらさがっている私には手の打ちようがない。仕方がない。妻が単独でもどる日を訊きだそう。そう決めた七月下旬、金曜日だった。いきなりK技術研究所というオーダーメイドの義手、義足、コルセット製作工房の所長が一切の前触れもなく自宅にやってきた。自己紹介するドアホンの液晶に映った、いかにも技術者といった趣の中年男に、強い戸惑いを覚えた。
ーー電話もしていないのに、どうして俺んちがわかった?
四か所の圧迫骨折が判明したとき、K医師からコルセットを造ってもらえと連絡先を記したものを手渡された。地図も書き添えられていた。K技術研究所の名称通リ、K通リから御所の方向に少し入ったところに研究所はあった。私は物ごとを絵で覚えるので声で放たれた電話番号などは絶対に覚えないが、地図はくっきり脳裏に泛べることができる。K医師が私の住所を教えたのだろう。そう判断して、せっかくやってきてくれたのだから無下にもできぬと二階のリビングに招じ入れた。
妻は掃除が出来ない。私は自分の仕事場以外の掃除をしない。結果的には似たようなものだが、我が家の散らかり様は尋常でない。娘たちが小学校に通うようになってからは床が物置状態、おいそれを手のつけられない惨状だ。編集者などが訪れるときは、見栄えだけはしっかりある妻が必死で室内を片付けるのだが、どうせ私は死にゆく身だ。いまさら散乱したあれこれを多少なりとも片付けて体裁を整える気もない。
所長は部屋の様子に一切関心を払わず、物が散乱している床の隙間に新聞紙を敷きつめた。新聞紙の上に立てという。神経に問題がでているのだろうか、脊椎の骨折以来、足裏がひどく痺れていてまともな感覚がない。スリッパを抜いで新聞紙の上に載ると、足裏が貼りついた。けれど新聞紙を踏んでいる感覚は一切ない。率直なところ脊椎の痛みだけでなく、この足裏のほぼ麻痺に近い痺れのせいで、歩行がじつに心許ない。いつ転ぶか恐るおそるだ。痺れてはじめてわかったが、足裏も重要な感覚器官だったのだ。
所長は不機嫌さを隠さない私の腹から胸にかけて素早く石膏の布を巻いた。持参した水の入った青いポリバケツは、石膏の乾燥を防ぐためのものだったのだ。型取りは素早かった。丹念だった。私の腰から腋窩にかけて、幽かに濁った白色の鎧が密着していた。どこかセメントに似た石膏の匂い、そして肌に沁み入るひんやりとした気配。熟練の技術者の手際は、見ていてじつに心地好いものだ。私の視線に気付いた所長が目をあげた。
「先生、固まるまで、あと少し。すぐにすみますから」
頷いて、小さく驚いた。
ーー先生?
私は家に表札を出していない。医師にはパソコンに向かって仕事をしているとは言ってあるが、小説家であることなど口にしていない。理由は小説家であることが恥ずかしいからだ。本音で賤業であると思っているからだ。小説家。世の中で、これほど傷ましくも愚かな職業はないだろう。理由は、虚構を紡ぎだすしか能がない虚弱な存在だからだ。潰しがきかないというやつだ。しかもそれに気付いてない空恐ろしい作家様がたくさんいらっしゃる。
小説のことなど一切口にしなかったが、所長は私の本を読んでくれているのだ。それが先生の一言ですっと伝わってきた。まったく見ず知らずの人が、私の本を読んでくれている。あれほど拒絶感の強かった先生という言葉が、私の頭のなかで渦巻く。揶揄として発せられた先生ではなく、迎合もなく、ごく自然な先生。脳裏でぐるぐる回る先生という名詞を、私ははじめて素直に受け容れた。あれほど先生と呼ばれるのを嫌っていたくせにと指摘されるかもしれないが、知ったことではない。私は所長にとって、ごく単純に先生だったのだ。連載途中で完成させていない作品が五つある。意外な軽やかさで、スイッチが切り替わった。呟きが洩れた。
「も少し、生きてみよう」
この場面は、なぜだか「うるっと」きました。(*´∇`*)
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