赤松利市の「下級国民A」です。文庫化されたので購入してみました。この作品は、エッセイです。主に「東日本大震災」の復興土木の(自分自身の)体験談を語っております。凄く面白かったのですが、この復興土木の様子は、「ボダ子 」の方が詳しく描かれていましたし、それ以前の(兵庫県で)コンサルティング業を営み、年収が2,400万円あった頃も描かれておりましたので、先ずは「ボダ子 」から読んで頂いた方が楽しめるかと思います。(勿論、こちらの「下級国民A」から読んで頂いても全然問題ありません)
とりあえず「作品紹介」にいってみます。
東日本大震災からの復興ビジネスは金になる。会社の経営に失敗して家庭も破綻した著者は、再起を目指して仙台へ。だが、待ち受けていたのは過酷で醜悪な日々だった。仕事仲間からの陰湿な苛め、危険極まりない除染作業、守られない労働契約に金銭搾取……。「下級国民」に落ちて男が気づいた、日本の真の姿とは? すべてが実話。衝撃のエッセイ。
手に取ってみたくなる「作品紹介」ですね。今回の文庫化にあたり、担当編集者からは、
「今の時期にこそ読まれるべき作品です」
というエールを頂いたとの事です。そして、国立市で講演会を行ったそうですが、そこに参加された皆さんは、『下級国民A』に書かれたことが、他人事ではなく我がことであると、真剣に耳を傾けて下さったとの事です。この格差社会や相対的貧困をどうすれば是正できるのか。それは、今後の小説をもってそれを示していくそうです。これからも貧困と差別をテーマに小説を書いていくそうです。今後の作品をチェックです。
このエッセイで一番印象に残った場面です。「ボダ子 」を読んでいなかったら、別の場面だったかもしれませんが、「ボダ子 」を読んだ僕としては、そこには無かった、下記の場面が凄く印象に残りました。
それでも震災から三年を経て、『農家民宿』は復活しつつあった。主な利用者は、ボランティアで南相馬を訪れる連中だった。
朝夕の食事が付いて、宿泊費は格安のビジネスホテル並みで、しかも『被災者』の自宅に泊まり、彼らと交流できるのだから、ボランティアにはお誂え向きの宿泊施設だった。
そんな『農家民宿』が数軒営業を再開しているのを知った。
ただし未だハードルはあった。除染作業員を泊めるというのが、事業の趣旨に則していないのだ。
考えに考え抜いた末、以前、震災の年に、営業という名目で訪れた原町商工会議所に三年ぶりに足を運んだ。
営業に訪れた折に対応してくれた事務局長は健在だった。さらに驚くことに、一度しか訪ねていない私のことを覚えていてくれた。
「あれ以来、南相馬市のことがずっと頭から離れませんでした。石巻で復興土木事業に関わっている間も、いつか南相馬市に行って、お役に立ちたいと思っていました。ようやくその思いが通じて、南相馬市で仕事が出来ることになりました。今日はそのご挨拶に参りました」
嘘で塗り固めた台詞を一気に発した。
事務長の顔に笑みが浮かんだ。見抜かれている。悔恨が充満した。きれいごとを並べて、被災地で金儲けをしようという輩は後を絶つまい。そんな奴らを、事務長はどれほど観てきたことか。俄か作りの虚言などが通じるはずがない。
仕事には来たけど宿舎がありません。『農家民宿』に口を利いてもらえませんか。
とてもそんなことを言える空気ではなかった。
諦めて辞そうとした。
「何かご依頼があっていらしたんじゃないかな」
事務長に引き止められた。
「遠慮なさらないで仰ってください。私たちは頼られることが嬉しいのです。頼られることに飢えていると言ってもいいくらいです」
二拍ほどの間、事務長が考え込んだ。
「皆さんあれこれと、この町への思いを語られます」
そこで言葉を切った。何かに躊躇している様子だった。そして言った。
「さっきのあなたのようにです」
そしてクスリと笑った。笑みではなく、確かに声に出して笑った。
「失礼、言葉が過ぎました。でも、気にしないでください。それは偽りではなく、私たちに対する優しさだと思っています。ですから、ご遠慮など無用です。私は何をして差し上げられるのでしょうか」
平身低頭しながら真の来意を告げた。
すぐに事務長はデスクの上の受話器を取り、どこやらに電話をした。短い会話を終えてメモが差し出された。
「こちらで、皆さんを受け入れてくれます」
メモを押し頂いた。
赤松利市と原町商工会議所の事務長との会話は何故か心に沁みました。その場面が、僕の右脳の遠い所で、ハッキリと映像として浮かんできました。事務長の「それは偽りではなく、私たちに対する優しさだと思っています」という台詞が深みがありました。
文庫本なら、かなりのオススメです。

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僕的には、「鯖」が一番オススメです。



















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