ハイドロサルファイト・コンク

花村萬月の「ハイドロサルファイト・コンク」です。ファンでない方にオススメするかと言えば、オススメしませんが、ファンの僕からすると、星4つの作品でした。白血病となった花村萬月が、自身の治療の様子を語り、そして、娘や家族の事を語る作品で、ファンとしては(萬月の白血病の事や娘の事を検索しまくりまして、殆ど情報を得られなかった僕としては)作品に没入しました。集英社のHPの作品紹介です。

「遠くない未来に、私は死ぬ」。病とは無縁だった著者・花村萬月が、このままでは2年後の生存率が20%の骨髄異形成(こつずい・いけいせい)症候群に罹り、骨髄移植を受けることになった。それは現在まで続く地獄の始まりだった。これは、現世の報いなのか? 発症から骨髄移植、GVHD(移植片対宿主病)、間質性肺炎、脊椎四ヵ所骨折など、副作用のオンパレードへと到る治療の経過を観察しつづけた作者自身によるドキュメンタリー・ノベル!
「血液検査の結果、完全に血液がO型からAB型に変わった。爪のかたちや体毛、髭など、ずいぶん外見上の変化がある。食べ物の好みもまったく変わってしまった。加えて精神が大きく変貌したのかもしれない。自分の血液をすべて殺して、他人の血液を迎えいれる。凄いことだ。」(本文より)

萬月は63歳で白血病になり(本の帯にもあるのですが)体毛と性欲とオートバイを失いました。(体重も30キロも減ってしまいました)そして、フィクションなのかどうか分かりませんが、25歳年下の嫁も失いそうな状況の現在でも、副作用と戦いながら執筆活動を続けています。入院している間も継続的に執筆していたとの事で凄いとしか言いようがありません。余談ですが、僕の母も62歳で白血病となり、1年の抗がん剤治療→再発→臍帯血移植を行い、合計2年半の入院生活を目の当たりにしてまして、これがどれだけ凄い事かと知っているだけに応援せずにいられません。ファンの方達は是非とも読んでみてください。

続きで印象に残った場面を( ´∀`)つ


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萬月が、先生から「死の宣告」を受けた際の萬月の心情です。取り乱す訳でもなく、騒ぐでもなく、ただ気になるのは、執筆を続けられるかどうかということのみだったそうです。その詳細を語っている場面が印象に残りました。
六十を過ぎた私には、無数といってよい小説の腹案があった。小説家をやめて蕎麦屋になろうとしていた時期からは信じられない、小説に対する執着があった。この大きな心境の変化は、あえて子作りを避けてきたが、五十も半ばになって二人の娘が生まれたことによる。学校帰りに銀閣寺川からゆるやかにカーブする鹿ヶ谷通を横断しようとする重たいランドレスを背負った娘が、速度を落とさずに走り抜けようとする観光客の運転する車に撥ねられ、血まみれの肉塊と化す。いまだかつて無縁だった縁起でもない絵が脳裏にまざまざと泛んでしまう。それも神経症的な引き攣れとは無縁の、悟りに似たビジョンだ。私自身の死は他人事だが、娘たちの死は現実だ。旺盛な幼い髪の匂いをさせる小さな生き物は、不条理にもある日、唐突に死ぬ可能性がある。それが実感として迫る。いままで私が描いてきた『死』は、絵空事だった。けれど娘の存在が、その欺瞞を打ち毀してしまった。私は『真の死』を描かなくてはならないいう、いささか大仰な、けれどもリアルな思いに取り憑かれてしまっていた。そもそも小説なる散文が創りだすことはといえば、突き詰めてしまえば『生と死』以外になにもないのではないか。それに気付いたとたんに、際限なく虚構が迸って、抑制がきかなくなった。あれも書きたい、これも書きたいといった多大なる昂揚と若干の錯乱をともなった状態である。大仰な物言いになるが、書きあげなければ死ねないといったところだ。

萬月の二人の娘の存在が、無数の小説のアイデアが迸る様になったとの事です。娘の存在が、「真の死」を描かねばという思いに取り憑かれたと所を読んで、小説家の凄さを感じました。


萬月の骨髄移植の朝に起きた出来事です。
骨髄移植の朝、奇妙なことがおきた。息も絶え絶えとはこういうことをいうのだなと、口も閉じなくなった私は瞬きもできぬ目だけを動かして、建物にさえぎられて朝の陽射しもまともに届かない窓外を漠然と見ていた。
「花村さん、朝の検温です」
「花村さん、酸素です」
「花村さん、血圧測って、点滴を見ますね」
いつもだったら看護師一人ですべてをすませるのに、三人やってきた。移植当日なので特別扱いかとも思ったが、検温は体温計を腋にはさむだけだし動脈血酸素飽和度を測るパルスオキシメーターも指にはさむだけだ。血圧計も腕に巻くだけーー。
「花村さん、必ず助けるからね」
花村さん?どういうことだ。小説家であることはなんとなく知られているようだが、忙しい看護師に私の読者など一人もいないし、自身の著作など持ち込んでもいないから、彼女たちが私の著名など知る由もない。とりわけ馴染みで親身な三人の看護師が勢揃いして、ベッド上でまともに身動きできない私を囲んでいる。
「花村さん、絶対助けるよ」
「花村さん、私たちの命に替えてもーー」

まあ、入院患者が小説家だと分かれば、著名を調べる・聞くのは当然な事で、看護師が萬月の著名を知らない訳はないのですが、移植の朝に起きた出来事が描かれています。この事は、フィクションでも夢でも何でも良いのですが、「対になる人」を読んだ方なら、知っての通リ、看護師の3人は、解離性同一性障害の人格のなかでも強い力をもった三人が看護師の躰を借りて萬月に逢いにきたんですね。この出来事により、萬月の精神が救済されたんですね。この後の萬月の内面描写は、この作品の中で一番鮮烈でした。

今回の作品もたくさんの「折り目」を付けまして、印象に残ったのがたくさんありましたが、このへんで。( ´∀`)つ