生還せよ














福田和代の「生還せよ」です。「日本一、運の悪い自衛官」こと、安濃将文シリーズの第3弾です。前作の「潜航せよ」を友人から借りまして読んでみたら面白かったので、今回の「生還せよ」をつい購入してしまったのですが、十分に面白かったです。第1弾となる「迎撃せよ」を読んでないのですが、第2弾の「潜航せよ」さえ読めば最低限、大丈夫といえば大丈夫です。
このシリーズの良さは、何と言っても主人公の「安濃将文」が魅力的なんですね。少し頼りない気がするのですが、一本筋の通った人物で、なぜか惹きつけられるんです。

前作での活躍で石泉総理から直々に情報収集のアナリストとしてスカウトされた、航空自衛隊「安濃将文三等空佐」は、内閣府に設立された【遺骨収容対策室】という名の諜報部門に同期の「泊里三等空佐」と共に出向となったんですね。そして、安濃と泊里の最初のミッションが、情報流出の阻止と情報の攪乱だったんです。

小山精機という会社で、映像解析技術の研究をしている【田丸】という研究者が、自分の研究内容と会社が保有する特許技術の詳細を海外の産業スパイに売ろうとしているとの情報がCAIから入ったんですね。小山精機の三次元空間分析ソフトが無人機のカメラシステムやロボットに応用された場合、兵器開発に大きく寄与する可能性が高く、アメリカとしても見過ごせない事だったんです。それを阻止する為に、安濃と泊里は、取引が行われるシンガポールに出向き、田丸を捕まえて、偽の情報を流す様に指示するのですが、取引が行われた翌日に、田丸が滞在しているホテルの寝室で、田丸が射殺されているのが発見されるんですね。そしてその事件に関連して、次は、東洋イマジカという会社の社員の「上島芳郎」の身柄を保護しろとの指示で、上島が滞在しているホテルに保護に向かうのですが、上島と思われる人物には逃げられ、泊里も何者かに拳銃で撃たれてシンガポール川に落ちて、行方不明になってしまうんですね。

ここから「安濃将文」は、事件解決の為に、パキスタン南部のカラチに向かいます。果たして、安濃は、

盗まれた情報を奪還出来るのかそして、泊里を無事助け出す事が出来るのか

的な展開で面白かったですね。物語上での仕掛けがとても多くて満足しました。続きで印象に残った場面を(・∀・)つ


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帰国を命じられた安濃が、反対を押し切ってパキスタンに行くと決めた際の、シンガポールでの協力者である【李高淳】との会話です。

「国家という後ろ盾が消えると、裸で往来に立つ気分がするでしょう。ふだんはほとんど意識しないが、私たちはみな、自分が帰属する集団の恩恵をこうむっています。しかし、いちど集団から完全にはみ出ると、己の実力と真価がよくわかる」
 高淳の言葉が身にしみた。航空自衛隊きっての異端児を自任していた安濃だが、そうはいっても組織から完全に自由であったことは一度もないし、日本という国の一員であることが、多かれ少なかれ助けてくれた。
 ここからは完全にひとり。
膝が震える感覚がしたが、それが心細いせいか、武者震いなのかわからなかった。
「出自、学歴、地位、そんな虚飾をすべて脱ぎ捨てた時、あとに残るのは人の誠です」
高淳が呟いた。
「人を動かすのは、ただ人の誠実な心のみ。『謀略は誠なり』嘘や偽りで人間は動かない。純粋でまっすぐな心が誰かを動かす時、計画は成るでしょう。あなたならそれができる」
高淳の過分な言葉に驚きながら、安濃は頭を垂れた。自分が能任の命令に背いてシンガポールを飛び出すのは、泊里を救いたい一心からだ。できると思っているわけじゃない。ただ、できるかもしれない。可能性が少しでもあるのなら、それに賭けないのは怠慢というものだ。

陸軍中野学校出身で、70年もの間「スリーパー」として活動してきた男の言葉は重く感じましたね。

各地で起こっている自爆テロも、下記のよく分からん教えが原因の1つでもあるんですね。物語上では、前後を読まないとダメなのですが、このやりとりも印象に残ってますね。

「しかし、その理屈は破綻しています。テロリストの命の値段は、あなたが思う以上に安いんですよ。ドローンやソフトの開発に費用をかける必要はないんです。人間を使い捨てにするほうが、ずっと安上がりだ。後釜はいくらでもいますからね」
 程の反論はもっともだ。爆弾を子供の身体に巻き付けて基地に追いやったり、バックパックに背負ったりして自爆テロを起こす人々がいるかぎり、自爆ドローンなど開発する必要はない。それは命の値段が高い先進国ならではの発想だ。
「イスラム教徒は、この世は仮の世だと教えられるそうです。次にくる世が本当の人生だから、この世の死は恐れる必要がない」